(右から、外務省国際協力局地球課題総括課長 甲木浩太郎氏、一般社団法人グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(以下GCNJ)代表理事/富士ゼロックス株式会社シニア・アドバイザー 有馬利男氏、国連広報センター所長 根本かおる氏、IDEOチーフ・クリエイティブ・オフィサーのポール・ベネットと、IDEO.org最高経営責任者 ジョセリン・ワイアット、博報堂DYホールディングス グループ広報・IR室CSRグループ推進担当部長 川廷昌弘)

博報堂DYホールディングスは、GCNJ、国連広報センターの後援のもと、シンポジウム「デザイン思考でSDGsに挑む」を12月5日に観世能楽堂にて開催しました。本シンポジウムは、デザイン思考の先駆者として国際的に展開する、博報堂DYグループのデザインコンサル会社IDEOからスピンオフした非営利組織「IDEO.org」によるSDGsへの取り組みの実例紹介を通じて、社会課題解決型イノベーションを起こすためのヒントを提供することを目的とし、約400名が来場しました。

IDEO.orgとは、途上国だけでなく先進国も直面している貧困問題を中心に、幅広い社会課題を人間中心のデザインの力で解決していくことをミッションとしている非営利組織です。2014年に組成された博報堂DYホールディングスの戦略事業組織であり、専門性と先進性を継続的に高めていくための組織“kyu”のメンバーであるIDEOから、2011年にスピンオフしました。ニューヨーク、サンフランシスコおよびナイロビに拠点があります。

冒頭に、モデレーターを務めた博報堂DYホールディングスCSRグループの川廷昌弘が「能楽は日本の多様な地域文化の中で育まれ、600年以上も演じ続けられてきた日本を代表する舞台芸術であり、世界に誇る文化遺産です。SDGsは2030年をゴールとしていますが、日本では人生100年時代が到来すると言われています。本日は、SDGsの今を俯瞰するとともに、生まれ来る赤ちゃんが100年を幸せに過ごせる地球を考える場にしたいと思います」と開催主旨を説明しました。

最初にオープニングセッションに登場した国連広報センター所長の根本かおる氏は「SDGsは国連の場で採択されましたが、オーナーシップは国連加盟国政府や一人ひとりの市民にあります。世界を変革するアクターとして自分事化してください。また、ワクワク感を持って取り組むことが必要です」と説明しました。

さらに「気候変動は重要な課題であり、その解決に政府や企業だけでなく、皆さんもアクターとして関わり、ライフスタイルを変えていきましょう。地球は子どもたちからの借り物です。よりよい状態で、少なくとも借りた時と同じ状態で返す必要があります。SDGsはそのための運動であり、皆さんも参加してほしいと思います」と訴えました。

続いて、GCNJ代表理事で、富士ゼロックス株式会社シニア・アドバイザーの有馬利男氏は、企業経営の立場からSDGsに取り組む意味を語りました。

「日本の企業は長年、少しずつよりよいものをつくっていく、改善というビジネスプロセスをとってきました。しかし、それが通用しなくなってきています。新しい課題に対して、新しいソリューションやクリエイションが必要です。インサイドアウトではなく、アウトサイドインのプロセスが必要なのです。SDGsの17のゴールは世界の共通課題であり、それに対するソリューションは、アウトサイドインのアプローチがフィットします」と話し、経営者が指導力を発揮して、SDGsを取り入れた経営計画をつくることが求められているとしました。

オープニングセッションの最後には外務省国際協力局地球課題総括課長の甲木浩太郎氏が登壇し、日本のSDGsの現状を「採択から3年を経て、進んできているとの印象を持っています」と評価しました。

進展した理由として、もともと日本人は持続可能性を織り込んだ生活をしてきたこと、明治維新以降、人に投資する政策を進めてきた伝統があること、大企業を中心に、企業価値維持のためにSDGsに投資してきたことの3点を挙げました。先進的なSDGsの取り組みを表彰する「ジャパンSDGsアワード」を開催していることを紹介するとともに、SDGsの推進においては、政府はあくまで土台であり、国民各層の行動が必要と強調しました。

 続くセミナーの基調講演には、IDEOチーフ・クリエイティブ・オフィサーのポール・ベネットと、IDEO.org最高経営責任者のジョセリン・ワイアットが登場しました。

(ポール・ベネット【左】、ジョセリン・ワイアット【右】)

まず、ベネットが「私たちがデザインしたプラスチックの歯ブラシが、何年かしてメキシコに流れ着き、ビーチを汚染していたことを、ある会議で知りました。2001年のことでした。そこで気づいたのが〝インパクト〞です。長期、短期を含めて、私たちのデザインが社会にどのような影響を及ぼすのか。良い影響もあれば、その逆もありうるのです。以来、インパクトを常に考えながら、慎重にデザインに取り組んでいます」と、IDEOの事業を紹介しました。

 続いてワイアットが、IDEO.orgでは2011年の設立以来、デザイン思考で貧しい人々の状況を改善することを目的に、気候変動や難民、急激な都市化など、さまざまな社会課題に取り組んできたと、そして、SDGsについても取り組んでいると話し、企業とコラボレーションした例を紹介しました。

「ケニアのナイロビで、ユニリーバとNGOと一緒に進めたのが、スラムで清潔な水を販売する事業“Smart Life”です。

どのような水を誰に、どういった方法で届けるのが持続可能なビジネスになるかを、さまざまなプロトタイプを通じて考えました。このような貧困地域への水インフラの構築を実現したことによって、衛生・身だしなみ・生活習慣などさまざまな分野のサービスや販売網としても今後発展していくでしょう。

(本事業の拠点/水の販売ビジネスの立ち上げを通じて、課題解決だけでなく、ケニアにおける持続性のある雇用や経済的な成長をサポートしています)

(プロジェクトメンバーによる打ち合わせメモ。IDEO.orgの打ち合わせでは、ブレインストーミングのためのアイデアや調査のファインディングスを言葉だけでなく、イラスト等でも表現し、新しいアイデアを生み出しています)

また、アメリカでは、JPモルガン・チェースと国内の多くの中低所得者を対象に、お金に関するコーチングとガイド、情報提供などを行う〝ルー〞というツールを開発しました。

彼らをとりまく環境を把握し、リサーチすることによって、新たな市場開拓となり有益なサービスが今後充実していくでしょう。」とワイアットは語りました。

 そして、最後のプログラムとなる出席者全員によるパネルディスカッションでは、モデレーターの川廷の「IDEO、IDEO.orgでは、SDGsをどうとらえているのですか」という問いかけに対して、ワイアットは「IDEO.orgではSDGsに力を入れていて、中でも健康に注目し、性教育や家族計画などに取り組んでいます」と答え、ベネットは「SDGsはクリエイティブブリーフ*1のようなもので、クリエイティブにかかわっている人間なら、誰でも取り組みたいと思うものです。私たちのチームも教育、平等、食育、環境などの仕事に高い関心を持っています」と説明しました。
*1広告制作において、目的、インサイト、ターゲット、コアアイデア等のクリエイティブのベースとなる情報を簡潔にまとめたもの

ふたりの発言に対して根本氏は、「多くの人を巻き込むには、楽しくて、ついついやってしまうことが必要で、人間中心のデザインや発想が大切だということが改めてわかりました。SDGsという世界共通の言葉を使うことで、世界中の同じ思いを持っていた人とつながることができます」と述べました。

それに対してベネットが「日本の環境省が推進するクールビズもそうです。ネクタイを外すという誰もがやっていることを、さらに社会的な変革につなげていくという例で、博報堂の素晴らしい貢献ですね」とつけ加え、川廷は「ソーシャルアクションでライフスタイルまで変えた代表的な例で、SDGsでは、次のクールビズをやらなければなりませんね」と応じていました。

(軽装ですごすことや、冷房を強めすぎないことをPRする、環境省の2018年度の「クールビズ」ポスター。博報堂が制作を担当。)

次に、「日本の企業はデザイン思考をどうとらえたらいいのか」をテーマにディスカッションを行いました。ベネットは「リーダーシップのあり方が変わってきています。SDGsを達成するためには、人を巻き込み、小さくとも貢献を認め、変革のうねりを大きくしていくリーダーシップにシフトすること。そして、KPIを、Key Performance Indicatorから、Keep People Involvedに変えて、みんなで変革をデザインし、取り組むことが重要です」と語りました。同じくワイアットは「日本の企業のSDGsへの取り組みは進んでいるので、それを利用して新興国などとつながることを考えるべきです。新しいビジネスチャンスやマーケットにもつながると思います」と、日本の企業はいい時期にあると強調しました。根本氏は「私も同感で、日本の取り組みは国連でも高い評価を受けています」と答えました。

甲木氏は「SDGsは万国共通の目標ですから、地球のどこかで同じように考えている人がいるはずで、それとうまく組めるかどうかで企業活動は左右されます」と指摘しました。「まず、デザインアプローチで考え、そこからビジネスモデルに持ち込んでいく。それができると、日本企業はリーダーシップをとることができると思います」と有馬氏は語り、パネルディスカッションを締めくくりました。

 

【プロフィール】

Jocelyn Wyatt 
IDEO.org 最高経営責任者
2007年にIDEO入社。ソーシャル・イノベーション部門を率いた後、2011年に非営利デザイン組織IDEO.orgを共同で創設。最高経営責任者として、IDEO.orgのビジョン、戦略、資金調達および成長計画に携わる。それ以前には、貧困問題の解決に寄与することを目指す社会起業投資ファンド、アキュメン・ファンドのフェローとして、ケニアのベンチャー・ビジネス支援業務に従事。元アスペン研究所のファースト・ムーバー・フェローおよびクリントン・グローバル・イニシアティブ・プログラム・アドバイザー。

 

Paul Bennett
IDEO Chief Creative Officer
クリエイティブのトップとして、クライアント、パートナー、同僚と共に、人間中心で商業的にも社会的にも有意義な新規ビジネス・製品・サービスや体験を市場に導入するために尽力。IDEOから生まれる、人間中心およびデザイン主導のイノベーションに関する考え方やコンテンツにも責任を持ち、世界に発信し続ける。IDEOで国際経験がもっとも豊かな一人で、今までにサンフランシスコオフィスの運営、上海オフィスとニューヨークオフィスの創設、ヨーロッパにおけるIDEOのビジネス拡大などにも貢献してきた。イギリス出身、シンガポール育ち。

 

根本かおる
国連広報センター所長
東京大学法学部卒。テレビ朝日を経て、米国コロンビア大学大学院より国際関係論修士号を取得。1996年から2011年末まで国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)にて、アジア、アフリカなどで難民支援活動に従事。ジュネーブ本部では政策立案、民間部門からの活動資金調達のコーディネートを担当。WFP国連世界食糧計画広報官、国連UNHCR協会事務局長も歴任。フリー・ジャーナリストを経て2013年8月より現職。著書に『難民鎖国ニッポンのゆくえ – 日本で生きる難民と支える人々の姿を追って』(ポプラ新書)他。

 

甲木浩太郎
外務省国際協力局地球課題総括課長
東京大学法学部卒業後、外務省入省。在アメリカ合衆国大使館一等書記官、在中国大使館参事官、経済局南東アジア経済連携協定交渉室長などを経て、2017年より現職。ハーバード大学文理大学院修士(東アジア地域研究)。2004年から2008年まで中央大学法学部非常勤講師も務めた。

 

有馬利男
一般社団法人グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ) 代表理事
富士ゼロックス株式会社 シニア・アドバイザー
1967年国際基督教大学教養学部卒業。同年富士ゼロックスに入社。総合企画部長、米国ゼロックス・インターナショナル・パートナーズCEO、富士ゼロックス代表取締役社長、相談役特別顧問を経て、2012年退任。社長在任時に経営改革を推進する一方、「企業品質」コンセプトを打ち出すなど、CSR経営に尽力した。2011年GCNJ代表理事へ就任。2007年-2018年国連グローバル・コンパクトのボードメンバー。キリンホールディングス株式会社、株式会社りそなホールディングスの社外取締役も務め、企業と社会的な活動を広げている。

 

川廷昌弘
博報堂DYホールディングスCSRグループ推進担当部長
1986年博報堂入社。グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパンSDGsタスクフォース・リーダー、神奈川県顧問(SDGs推進担当)、環境省SDGsステークホルダーズ・ミーティング構成員、消費者庁消費者基本計画のあり方に関する検討会委員など委嘱多数。

 

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