博報堂DYグループのデータスタジアム株式会社は、さまざまなスポーツデータの収集・分析を行い、メディアなどに提供しているスポーツデータ活用事業を展開する企業です。
サッカー日本代表チームの活躍も印象的だった2018 FIFAワールドカップTM ロシア大会においても、全64試合のデータを収集・分析。今回は、同社で長年サッカーのデータ分析に携わる滝川有伸に、アナリスト視点で大会を振り返ってもらいました。
■1試合、約2000件のデータを収集・分析
弊社はJリーグ(J1、J2、J3)とカップ戦(JリーグYBCルヴァンカップ)、日本代表戦のデータを全試合収集しています。入力するデータの種類は約40項目にわたり、1試合につき収集するデータはおよそ2000件にのぼります。パスやシュートの種類をはじめ、成功したか、方向、距離、どのエリアで誰に出したか……など組み合わせて集計していくと、膨大なデータ量になります。そしてサッカーは数字の評価、解釈が難しい競技です。なぜなら打率などで評価できる野球と比べ、複数の選手が連動して攻撃と守備を行うことがほとんどだからです。いずれにしても、我々はメディアや一般の方にとってわかりやすく、また活用しやすいように、日々そうしたデータを収集、分析して提供しています。
■なぜ“面白い”試合が多かった? ロシア大会を振り返る
“一方的な試合”が多かったロシア大会 -ボール支配率からさぐる-
今回のワールドカップを振り返ってみると、総じて意外性の面白さがあったという声が多かったのではないでしょうか。それを証明するデータのひとつに、ボール支配率があります。
下の図1は「支配率が40%未満のチーム」について前大会の2014年ブラジル大会と今回のロシア大会の結果を比較したデータです。
まず全64試合中、支配率が60%:40%だった試合は24試合にのぼり、前大会(13試合)よりも大幅に増え、ボールを保持している時間の視点で見ると“一方的な試合”が多かったといえます。ただ、ポゼッションの低い=ボール支配率40%未満だったチームの勝率・引き分け率(勝:38%、分:33%)は前大会(勝:15%、分:23%)より高い。たとえポゼッションが低くても、守って勝つ方法、あるいはカウンターなどによって勝利をつかみ取っていたことがわかります。
この傾向は決勝トーナメントにおいて顕著ですが(図2)、勝ち点獲得のための割り切った戦い方を選んだチームが多かったのかもしれません。いずれにしても支配率が高い方が優位というイメージに反する結果が、意外性につながったのだと思います。
2018年から採用の「VAR」の影響は?
また今大会から新たに導入されたVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)※も、意外性を生む理由の一端になっていたかと思います。VARで主審が実際に映像を確認した試合は全20試合で、計24回行われたうちPKに絡んだ判定が18回ありました。とくに、PKなし→ありの判定になったケースが最多で、計9回ありました。こうした判定はグループステージで多く発生しましたが、決勝トーナメントでは減っています。おそらく大会が進むにつれ選手もVARを警戒するようになり、シミュレーションのような“わかりやすい”行為を控えたのかもしれません。
さらに、今大会ではVARの判定時間の影響もあり、アディショナルタイム(ロスタイム)が増えましたが、そこでもいくつか意外な結末につながっています。前大会よりも後半アディショナルタイムや終盤での勝ち越しゴールが増えたり、決勝トーナメントの日本対ベルギー戦の逆転劇のような、劇的な試合が多かったと思います。
※VAR
ビデオ・アシスタント・レフェリー制のこと。サッカーは主にピッチ上の審判3名でジャッジされるが、試合を決定づけるプレーの際に、主審がビデオ判定を用いてジャッジをするもの。審判の死角での反則プレー防止や、誤った判定を防ぐなど主審をサポートするために導入された。W杯では今回のロシア大会で初導入され、欧州各国リーグでも続々と実践導入されている。
■データで見る、日本代表チームの成績表
日本代表チームにとって今大会は、まず開幕2カ月前の監督交代という波乱がありました。監督交代前後でプレーにどんな変化があったのか。ハリルホジッチ監督(アジア最終予選・大会前の欧州遠征)の14試合と、西野監督(ロシアW杯)の4試合をデータから比較してみましょう。
ハリルJAPANと西野JAPANの比較 -ボール奪取と支配率からさぐる-
まずボール奪取数(図4-1)を見るとハリルJAPANの1試合平均は最終予選74回、欧州遠征67.5回で、西野JAPANは59.3回と少ない。ハリルJAPANは敵エリアでのボール奪取数も、西野JAPANと比べて多いです。
ボール支配率(図4-2)は西野JAPANのほうが52.7%と高く、一方でボールを奪ってからシュートを打つまでの平均経由時間(図4-3)は、ハリルJAPANは速く(最終予選:17.9秒、欧州遠征:15.3秒)、西野JAPANはそれより遅い(24.5秒)傾向が出ています。このデータから、ハリル監督下ではボール奪取数が多い=攻守の入れ替わりが多く、短時間でシュートまで持ち込んでいることがわかります。
一方で西野監督下では、ボール支配率が高く、攻め急がずに時間をかけてシュートまでいっていることがわかります(図4-4)。とはいえ、これらのデータは平均値なので決勝トーナメント・日本対ベルギー戦での原口元気選手による先制ゴールなど、奪ってから速い攻撃で決めたゴールもある。つまり西野JAPANではある程度ポゼッションしつつ、チャンスがあれば前に出してスピーディに攻撃を仕掛けていた。これがある程度成功していた背景には、ハリル前監督の指導の功績もあると言えると思います。
データで現れる、大迫選手と柴崎選手の活躍 -大迫半端ないって!をデータから-
印象的だった選手を個別に見ていくと、まずは大会を通して評価の高かった柴崎岳選手。ゴールの2プレー前までの前方ロングパス成功距離ランキング(図5)を見てみると、セネガル戦での49.8メートルのパスがランクインしており、大会3位に入ります。
続いて大迫勇也選手です。縦パスをキープして、パスを成功させてその攻撃の中でシュートに至った回数――つまりポストプレーで貢献した回数でランキングを見てみると、堂々の1位。他選手より先発での出場時間が短い中で、大会トップの8回を記録しています(図6)。
ちなみに大迫選手は空中戦でも光っていて、全試合中21回敵陣で空中戦に絡んでおり、うち13勝。61.9%の勝率で、大会5位となっています(図7)。
体を張っていて、シュートにつながるプレーも多い。僕は個人的にこの大迫選手に、日本代表選手のMVPをあげたいところです。また本田選手も、途中出場ではありましたが貴重な1ゴール1アシストを決めており、存在感を放ちました。
■劇的だった日本対ベルギー戦を分析 -9.5秒での1点。レアなゴールシーン-
深く印象に残っている方も多いと思いますが、決勝トーナメントでの日本対ベルギー戦について少し掘り下げてみましょう。
まずグループステージを思い返すと、日本はコーナーキックから結構ピンチを迎えていました。ベルギー戦でもコーナーキックから5プレー以内に6本のシュートを打たれていて、2失点しています。
それから空中戦での勝率も見てみると(図8)、ベルギーが75%、日本は25%と、ゴール前で競り負けていたことがよく分かります。一方、この試合でのシュートチャンスを見てみると(図9)、日本では香川選手、乾選手、長友選手の活躍が目立ちました。中でも香川選手が、3プレー以内にシュートに繋がるパス回数が6本と最多で、アシスト面で効いていたと思います。
ちなみに、試合終盤でベルギーが見せた3点目のカウンターは、ボールを低いエリアで奪取し、9.5秒というスピードで、フィニッシュまですべてのプレーを成功させたという点で、2010年大会でも2014年大会でも見られなかった非常にレアなゴールシーンでした。その軌跡を示したのがこの図10です。
実際ベルギーはほかの試合でも似たようなカウンターを行っていますが、ここまで美しいものはなかったのではないでしょうか。
■存在感を放った、クロアチア代表モドリッチ選手 -大会MVPに輝くデータとは-
最後に、大会MVPを獲得したクロアチア代表のモドリッチ選手についても紹介させてください。シュートにつながったパスの数は大会1位の50本。チームの総シュート数は110本なので、およそ半数近くのシュートに関わったことがわかります。大会MVPとなったのも頷ける数字です。
■これからの日本代表チームに期待すること
個人的に、今後の日本代表に必要なのは、トーナメントを勝ち抜く守備力ではないかと思います(直近3大会の優勝チームの平均失点は0.58点、無失点率は62%)。シュートの枠内率、決定率は前回大会よりアップしており、チャンスを作り出すこととシュートの精度など攻撃面ではある程度の結果を残せていると思うので、あとは日本らしい組織力を生かした守備力を向上させることではないでしょうか。
何が起こるか分からないという点で、今大会は多いに盛り上がりました。ただサッカーのトレンドは4年、8年でこれからも大いに変わっていくと思います。そのあたりの傾向を引き続きしっかりと見極めつつ、日本代表チームは今後、前述のような課題を克服しながら、長期的なビジョンを持って若手を育成していく体制を整えていけば、もっともっと強くなれるのではないかと思います。
■プロフィール
滝川 有伸
データスタジアム株式会社 サッカーアナリスト
大学卒業後、2003年からデータスタジアム(株)にてサッカーのデータ入力アルバイトとして従事。約3年半のデータ入力、アルバイトリーダーを経て2006年6月より現職。入力データの精度管理やチーム向けのデータ納品・営業サポートを経験し、現在はテレビ局や新聞社、雑誌社、試合中継向けなど、主にメディア向けのデータ提供やデータコンテンツの制作・提案などを行っている。また、自身が取材を受けたり、番組に出演することも多く、スポーツニュースや関連番組でデータの解説などを行う。1978年生まれ、静岡県出身。
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