ベンチャー投資ファンドのWorld Innovation Lab Fund II, L.P.(以下、WiL Fund Ⅱ)と博報堂DYメディアパートナーズの共同出資で誕生した株式会社stepdaysが、2019年4月より動物病院と飼い主を結ぶプラットフォーム『ペット手帳』のサービスを展開させています。かつてなかったサービスに着目した背景や、プロジェクトに寄せる思い、これからの展望などについて、株式会社stepdaysの実吉賢二郎、廣濱暢彦、逆井詳子、株式会社WiL の難波俊充氏が語りました。
現場の切実な声からスタートした事業
実吉
stepdaysでCEOを務める実吉です。「ペット手帳」は昨年のトライアル期間を経て、この4月より事業会社化してサービス運用をスタートさせました。主に動物病院に通う飼い主を対象に、LINEで友だち登録するだけで、普段通っている動物病院からお知らせやアドバイスが配信されるというのが「ペット手帳」の基本的なサービスです。
最大の特徴は、動物病院と連携することで、通っている病院から自分のペットに合った情報が得られるだけでなく、問診や診療後メッセージ機能など、動物病院と飼い主との間のコミュニケーションを円滑にできること。さらには、病院登録をしていない方でも、健康記録をつけられたり、自分のペットの画像を投稿できたり、ペットとの生活に役立つコラムを楽しめたりする。飼い主の生活に寄り添った、普段使いできるようなサービス設計になっています。
現在は広告の企業協賛を募っていますが、今後は企業のモノやサービスの販売を開始する予定で、飼い主、動物病院、企業が“三方よし”の関係性を築けるプラットフォームをつくっていくことが、我々stepdaysのミッションとなっています。「ペット手帳」の本運用を始めたばかりではありますが、現在お陰様で約450動物病院に導入いただいています。
廣濱
僕は2016年に博報堂DYメディアパートナーズに中途入社し、実吉チームにジョインして3年目になります。「ペット手帳」における役割は、実際に全国の動物病院に赴き、現場の課題や飼い主のニーズをリサーチすること。その現場の声を迅速にチーム内で共有し、ソリューションを検討、実行しています。
逆井
私は2014年から博報堂DYメディアパートナーズで、実吉さんのもと「妊婦・育児・母子手帳」に携わり、主に病院の事務局周りを担当していました。「ペット手帳」でもご契約いただいた病院の事務局対応のほか、新規病院獲得や飼い主向け配信コラムのコンテンツ制作などを担っています。
難波
私が所属するWiLでは、ベンチャー投資事業とあわせて、大企業の皆さま向けにイントレプナー育成とイノベーション啓発を行うエンパワーメント事業、大企業と新規事業を創発するビジネスクリエーション事業の3事業を行なっています。今回はジョイントベンチャー設立前よりご相談を進め、stepdays設立時に資本参加、同時に当社のプロジェクトルームにご移転頂きました。資本と立地の両面で一定の独立性を持つ事で経営のスピードを上げていく事が狙いです。あわせて、ベンチャー投資で培った、事業の立ち上げや成長のナレッジなども共有させていただいております。
実吉
先ほど少し話に出ましたが、もともと私は2013年に配信開始された「妊婦手帳」のサービス企画・開発に関わっており、その後「育児手帳」「母子健康手帳アプリ」と同様の“手帳アプリ”サービスの展開に携わってきました。そして今回「ペット手帳」誕生のきっかけとなったのは、実は「妊婦手帳」の存在を知った北海道の「緑の森どうぶつ病院」さんが直接弊社にかけてきた一本の電話だったんです。
よくよく聞いてみると、「妊婦手帳」のようなサービスこそいまのペット業界に必要だというお話でした。というのも、現在動物病院の数はどんどん増えていて、その分病院間の競争も激しくなり、サービス業化が進んでいるんだそうです。お客様対応だったり、物販やそれに伴う在庫管理だったり、獣医師やスタッフの皆さんが診察以外の業務に追われるようになっている。もともと業務全般が非常にアナログな状態だったということもあって、現場はとにかく疲弊しており、それがモチベーション低下や、結果的に診察の質を下げてしまうこともあるそうです。
そんな悪循環を断つためにも、「妊婦手帳」のようにデジタルの力を活用できないだろうか?というご相談でした。「ペット手帳」はそんな動物病院の切実な願いから誕生した事業なんです。
その1本の電話の後、「緑の森どうぶつ病院」の方が弊社を訪ねて来られたのが約2年前。そこから1年間は、実際に動物病院に行って30~40人単位でインタビューをさせていただいたり、現場の課題を探っていき、さらに次の1年でトライアルを実行。この4月よりようやく本運用がスタートしたという経緯です。
動物病院の業務効率化と飼い主の安心感を実現
廣濱
これまで僕は現場を周りながら、200人以上の獣医師、動物看護師とお会いしたんですが、皆さんとにかく業務が多くて忙殺されているという印象でした。
たとえば休診日の案内ひとつとっても、そこに添えるメッセージ文を考えることすら、できれば作業として省きたいわけです。そこで「ペット手帳」では、「病院からのお知らせ」機能として、基本的な案内文のテンプレートを用意し、病院サイドでは必要な日付を入力するだけで飼い主に案内メッセージを送れるようにしました。「病院からのお知らせ」には休診日のほかに、予防接種の案内、混雑状況、迷子の案内……と、全5つのカテゴリーがあり、50種類のテンプレート文を用意。タップしていくだけですぐにお知らせが送れるようになっていて、現場からもご好評いただいています。
また、事前問診機能を使えば、飼い主が家を出る前にあらかじめ問診表に記入、
病院へ送付できます。飼い主にとっても、待合室で、具合の悪いワンちゃんを連れた状態で問診表を書くのってそれなりに大変ですから。また病院にとっても、事前問診情報をデータで得られることで、カルテ作成のプロセスが効率化されています。
実吉
言ってしまえば、問診の時間が半分で済むわけです。これまでは、飼い主の話を聞きながらメモを取り、さらにそれを手で打ち込んでいたのですが、最初から問診内容がデジタル化されているので、同じ内容であればカルテにコピペができますしね。
逆井
予防接種というのは、動物病院にとって大きな収入源となります。そのため、予防接種のご案内は多くの病院では診察時間終了後にスタッフがハガキを作成して送付しています。「ペット手帳」を導入すればそれだけでもかなりの労力を省けるようになります。また、年間のハガキ・切手代だけでも結構な額になるので、経費節減という意味でも多くの動物病院にご好評をいただいています。
廣濱
それから、病院の検査などの結果を画像として、個別配信する機能もあります。「ペット手帳」内で診察内容をデータ管理・保存できるので、紙で渡していたときのように、誤って検査などの結果をなくしてしまったとか、過去のものを保管していないので参照できない、といったことがなくなる。これもすごく便利な機能だと喜んでいただけていますね。
いずれにしても、とにかく現場の方々の一分一秒を節約できるよう、現オペレーション内で無理なく使っていただけるようなものにしたかった。ですから、とにかくシンプルで、簡単で使いやすいという点にもこだわりました。
逆井
飼い主目線から見ても、かかりつけの病院と常につながっているという安心感が持てます。これも現場で話を聞いてわかったんですが、診察中に薬の飲み方などを指示しても、興奮するワンちゃんをなだめながらなので頭にしっかり入らず、あとで飼い主から確認の電話がかかってくることも少なくないそうです。「ペット手帳」では、診察後アフターフォローとして「薬はこういう風に飲んでくださいね」などの個別メッセージも簡単に送れます。また入院中のペットの様子を写真で送ったりすることで、自分のペットを病院が気にかけてくれていることが分かり、飼い主の安心感も得られているようです。
実吉
それから「ペット手帳」では、病院関連の機能だけでなく、日頃から楽しんでいただける柔らかめのコンテンツも用意していて、人気となっています。
逆井
たとえば「今日のわんこにゃんこ」というコーナーでは、ユーザーがペットの写真を投稿し、他のユーザーがその写真をハートマークの数で評価できるようになっています。特に猫の飼い主は、普段お散歩で外に連れていくことがないので、他の人にペットを見てもらえる機会があまりありません。でも、うちの猫ちゃんを見てほしいという欲求はあるので、自慢のペットに対して何かしら反応が返ってくるのが嬉しいという声が犬の飼い主以上にありました。
毎週異なるテーマのコラムを配信する「今週のコラム」では、パピー期やシニア期といったペットの年齢に合わせた内容を配信しています。暑い時期なら熱中症に気を付けましょうとか、季節に合ったタイムリーなテーマを選んでいます。特に昨年9月北海道で大きな地震があった際には、避難する時に持ち出すものや、避難所での過ごし方などについてのコラムを、その日のお昼には配信していました。
実吉
コラムに関していうと、やはり求められているテーマをタイムリーに出せればよく読まれるようで、LINEのプッシュ機能を使っているため、機動性があるというのも大きな利点です。たとえば、テレビで病院で働くワンちゃん、いわゆるファシリティードッグの特集があった同じ日に、同じテーマのコラムを当ててみるとすごく伸びたということもあります。
逆井
即時対応できるWeb媒体のメリットを活かして、GAを確認しながらその時々で必要とされている情報をお届けするようにしています。医療関係の内容であればもちろん獣医師のチェックやアドバイスを受けながら、テーマをピックアップし編集しています。
実吉
核となっているのは動物病院とのコミュニケーションですが、それだけだと利用機会が限られてしまいますから、やわらかめのコンテンツも織り交ぜながら、楽しみながら便利に使っていただけるものにしたかったんです。普段使いしながら、その中に病院からの大事なメッセージも入ってくるような感じというか。利用者にとっては実用的であり楽しくもある、ちょうどいい塩梅の設計にしています。
2社のタッグで2000万人規模のマーケットに乗り込む
実吉
僕自身、「ペット手帳」を推進する上で大きなモチベーションになっているのは、実家で18匹の犬を飼っていることでした。小さい頃から散歩に連れていったりしていて、ペットや動物病院がすごく身近な存在だったんですね。実際、「妊婦手帳」に関わっていた時はちょうど奥さんが妊娠したタイミングでした。その子ももう5歳になったので、「妊婦手帳」はほかの方に引き継ぎ、新たに自分事化できるテーマの事業に関わりたいとも思いました。例えるなら、「矢が刺さってもボールを持ったまま走れるテーマだ」と思ったんです。
また、「妊婦手帳」「母子手帳」「育児手帳」で培ってきたノウハウを活かす場として、全国で2000万頭というペット市場の規模にも大きな意味がありました。たとえば妊娠、出産、育児の領域で見れば年間100万のマーケットで、スケールに限界があることは否めません。さらに言うと、「ペット手帳」のターゲットである“ペットを飼っている40~60代女性”は、意識も所得も高い、いわゆる富裕層でもある。博報堂DYメディアパートナーズとしてもそうしたユーザーデータを獲得できることは財産になるだろうと考えます。
ペット業界全体が非常にアナログな状態で回っているので、そこに一気にデジタルプラットフォームを導入することにも大きな可能性を感じましたね。
難波
サービスのトライアルが始まるくらいのタイミングから定期的にディスカッションは行っていました。大企業の中で立ち上げる事業の中には“指示されたから頑張っています”というものも少なからずあるものですが、先ほどの18匹のペットの話もそうですが、チームの皆さんがこの事業にかける熱量が高く、とてもいいなと感じました。
実吉
それはありがとうございます(笑)。
「妊婦手帳」のビジネスモデルは広告モデルにとどまっていたので、博報堂DYメディアパートナーズとしても、WiLさんの外からの視点――たとえばこれから展開していくECプラットフォームの活用だとか――が不可欠だと判断したのでしょう。広告会社としては、モノやサービスの販売周り、特にBtoCの知見という意味ではどうしても弱いところがあるので、そのあたりをWiLさんとディスカッションしながら進められるのは非常に心強いですね。
難波
やはり「妊婦手帳」のご経験があったので、ユーザーが利用するまでの仮説において、確固たるものが見えていた。普通の新規事業ではありえないノウハウで、大きなアドバンテージだと感じましたね。投資先として、最近は業務用のクラウドソフトウェアなどが流行ってはいるのですが、営業から導入までコストも時間も非常にかかっているんです。一方この「ペット手帳」は、無償での提供なのでユーザー獲得のスピードが格段に速い。この先のチャレンジとしては、当然マネタイズをどうするか?ということになるかと思いますが、そこは一緒に模索していければと考えています。
実吉
病院によって異なる個別の事情一つ一つを見ていくことで、「ペット手帳」は現場に寄り添うようなつくりにしています。そこは我々の強みである、徹底した業務フロー、ジャーニーマップの精査を通して、現場のニーズとずれていないかを検証してある。まさに生活者視点が活かされている点と言えるでしょう。
今回のような広告モデルではない領域へのチャレンジに、WiLさんのようなパートナーと一緒に臨むことで、これまでにはなかった新しい事業スキームのあり方も模索していけたらいいですね。
難波
本当にそうですね。ベンチャーであればその時々で経営判断をしてダイレクションを変えていくことも可能です。今後もっと攻めたいと思ったときには、追加の資金調達を行える環境も整っています。事業成長の方向性を模索するいま、そうしたオプションを多く持ちながら柔軟にやっていける環境が整っていることは、大きなメリットだと思います。
“ペットを飼ったら「ペット手帳」”というくらいの、
当たり前のサービスにしていきたい
廣濱
僕はペット手帳に携わる一人として、100%に近い動物病院に利用いただけるような“本当に使えるサービス”を創っていきます。院内業務をデジタルのチカラで効率化することで、看護師の残業が減り、獣医師が診察に集中できるような環境をペット手帳が実現できるようにサポートできればと考えています。
逆井
私は幼少期から家に犬がいる生活でしたので、ペットと関わる仕事ができるというのは純粋に嬉しいですね。そして何より、「妊婦手帳」で経験した強みを活かしながらスケールアップした事業に関われることを嬉しく思います。4月からこちらのオフィスに来て、JVの方達から多くの刺激を受け自分でも驚くくらいマインドが変わりました。課題に対し、「やれないではなく、やれるようにするにはどうするか?」「今、何をするかではなく何を分かろうとしているのか?」を常に考えるようになりました。一つの事業に集中して取り組める、とても恵まれた環境で仕事をさせていただけていることに感謝です。
そして、ペットを飼っている人全員に普及するくらいのサービスにしていきたいですね。飼い始めてから看取りまで、必要な情報すべてを提供できるサービスをつくりたいです。
難波
とても素晴らしいビジョンだと思います。そうした事業を実現させるために、戦略面、ファイナンス面で頼れるパートナーでありたいと思います。また新規事業なので当然、悩まれたり、壁にぶつかることもあると思う。そういうときに寄り添える人でありたいと思いますね。
実吉
本当に心強いです。「ペット手帳」は、いまは情報配信がメインですが、これから先は、お医者さんの信頼感を伴ったモノやサービスの販売にチャレンジしていきます。そこで生活者と医療機関と企業がつながり、三方よしのプラットフォームを実現させていきます。
中期的視点では、まずは動物病院の業務の中で、「ペット手帳」を入れて楽になった、と言ってもらえるようなものをつくりたいですね。そして最終的には、業界で当たり前に使われるプラットフォームにしていければ。利用者にとっても、「ペットを飼ったらペット手帳」くらいの存在にしたい。ちょっとダサいキャッチコピーみたいですが(笑)、本気でそれくらい当たり前のサービスにしていきたいですね。
■プロフィール
実吉賢二郎
株式会社stepdays CEO
2000年、株式会社博報堂入社。8年間の営業職を経て社内事業開発を行う現職へ。大手携帯キャリア、コンテンツホルダー、出版社、通販会社、デジタル系媒体社等との協業によるサービス開発を手掛ける。グッドデザイン賞、キッズデザイン賞、社内では社長賞(2年連続)、社内コンペ金賞など受賞多数。
廣濱暢彦
株式会社stepdays / Sales Manager
2016年博報堂DYメディアパートナーズに中途入社。前職は番組ディレクター。
これまで「母子健康手帳アプリ」等の協賛営業、自治体と連携した子育て応援イベントをプロデュース。2017年キッズデザイン賞少子化対策担当大臣賞、グッドデザイン賞などを受賞。現在はペット手帳の病院営業として、200人以上の獣医師・動物看護師とお会いし、サービス普及を進める。
逆井詳子
株式会社stepdays /General Manager
博報堂営業局にて自動車・家電クライアントの雑誌タイアップ、イベント等の制作業務を経て、2014年より博報堂DYメディアパートナーズ「妊婦手帳」の病院事務局を担当。
現在はペット手帳の中心メンバーとしてコンテンツ編集と病院営業を行う。
難波俊充
株式会社WiL / Partner
2003年サイバーエージェントに入社。広告代理店部門を経て、2008年にサイバーエージェント米国支社を設立し代表に就任。北米、アジア展開を手がける。2012年にサイバーエージェントベンチャーズ出向。2013年10月にWiL創業より参画し現職。
担当のご支援先は以下(投資時期順) Trifort、Toreta、Retty、SmartHR、Groovenauts、Caster、Every、Zenkigen、BizteX、Enageed、Stepdays
イギリス・ウェールズ育ち。インドネシア・ガジャマダ大学インドネシア語学科留学、じゃかるた新聞にて記者勤務などを経験。
【関連情報】
★WiL、博報堂DYメディアパートナーズ、動物病院と飼い主を結ぶプラットフォーム「ペット手帳」を通じて、業界全体のボトムアップに貢献する「株式会社stepdays」を設立