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Beyond Convenience 便利の先の価値をつくる【メディアイノベーションフォーラム2018】
情報だけでなく、生活そのものがデジタル化され、便利の先の価値が提供されるー。11月6日に開催された博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所による「メディアイノベーションフォーラム2018 Beyond Convenience ~便利の先の価値をつくる~」では、生活から摩擦をなくす「フリクションレス」をキーワードにキーノートが行われました。海外の先進事例や日本企業が進むべき方向性について、メディア環境研究所 所長 吉川昌孝と、メディア環境研究所 主席研究員 加藤薫が語りました。
吉川:2017年のイノベーションフォーラムでお話したのは、情報のデジタル化から生活のデジタル化へ、という内容でした。それはデジタル化がスクリーンの中から、スクリーンの外に移ってきたとも言い換えられると思います。
このスライドでいえば、白から黄色に進んでいっている状況ですね。
去年は顔認証、無人店舗、スマートスピーカーなどについて主にお話しました。来年は5Gがスタートしますし、自動車会社と通信会社が組んだモビリティサービスが始まるというニュースも出ています。
今後は、スマホの中での情報の操作性が上がるというだけでなく、デジタル化が実際の生活に及び、これまでとは違う便利さが現れてくるのではないかと考えています。高度な便利さが生まれてきて、生活者とメディア、ブランドの繋がりが生まれてくるのではないでしょうか。
本日は2つのパートでお話したいと思っています。1つ目は生活のデジタル化による“新しい便利”です。「フリクションレス」という言葉でそれを表現していまして、フリクション=摩擦がなくなるといろいろなことがサクサク進むという事例をご紹介したいと思います。
2つ目は、フリクションレスをベースにして新しい価値観が生まれている、ということです。「Beyond Convenience」という言葉を使っているのですが、便利の先の価値が提供している例があるのを、海外の生活者へのインタビューからご紹介したいと思います。
それでは加藤から、アメリカや中国の映像を使って事例をお話させていただきます。
加藤:メディア環境研究所の加藤です。「フリクションレス」という言葉は耳慣れないかもしれませんが、新規事業やイノベーションに関わる人間の中で非常に注目されている言葉です。スマートフォン上でのサクサク感が、生活の中のさまざまな場面でも実現できるようになる、というイメージを持っていただけたらと思います。
今年の春先に大学生30人にワークショップなどを通じてインタビューしていた際に、こんな話がでました。あるラーメン屋さんでは注文をする際、自分の好みをスムーズに伝えないと店員さんから急かされたりするそうなのですが、そういうことが嫌だという発言が出ました。同じような話で、あるサンドイッチ店は具を選ぶ選択肢が多すぎるとか、混雑しているスーパーやコンビニのレジ待ちが辛い、という話が多く出てきました。
つまりリアルな環境で、何らかが滞ることに対する不満や辛さへの言及が多かったんです。また、ガイドになるものがない状況で意思決定をしたくない、という意見も多くありました。更に、「スマホ画面を何度もタップするのは面倒だ」という意見すらあったんです。
「若者は軟弱だ」と思われるかもしれませんが、これが新しい事業の顧客の一般的な感覚になるんじゃないかと感じましたし、我々はそういった感覚に正面から向き合う必要があるのだと思いました。
若年層は最初に触れるのが、スマホなどの端末になります。以前は情報を得るだけのものでしたが、今は購買もスマホで行っています。レコメンドも一般的になってきています。だからこそ、彼らはリアルな空間に対してストレスや摩擦を感じるようになってきたのではないでしょうか。
情報、お金、人、モノの移動が縦横無尽に
フリクションレスなユーザー体験についての論文や記事も、この一年では急増しています。ショッピングや個人認証、行政サービスなどについてです。中でも特に増えているのが、お金と、人やモノの移動に対するものです。実際にこの分野ではフリクションレスの取り組みが進んでいます。
フリクションレスとは「情報のようにお金や物を扱うこと」であると言えます。でも、日本にいる私達にはなかなかピンときません。そこで実際にさまざまなサービスがあり、技術的に成熟が進んでいる米国、中国の事例をご紹介したいと思います。
「美団点評(Meituan)」というアプリを使っている上海在住の23歳の女性にインタビューしました。このアプリの中にチケッティングや飲食店レビュー、出前、配車サービス、民泊サービスなどのさまざまな機能が詰まっています。日本だと個別のアプリを立ち上げる必要があるような機能が、ひとつのアプリでできるということです。中国では、ミニプログラムという仕組みがあって、アプリの中にアプリが埋め込まれているんです。
「IDがひとつで毎回ログインする必要がなくて便利だ」と話してくれました。予約だけでなく、決済もこのアプリ上で行えます。彼女が最も楽しんでいるのはフリクションレスな食事だそうです。都市部のほとんどのところで宅配をやっていて、美味しいものは、お店で食べても、取り寄せてもいい。情報やお金、人、モノの移動が混ざり合い、縦横無尽に行きかう、そんな暮らしをしています。
次はサンフランシスコで「Wag!」というアプリを使っている方へインタビューしました。Wag!はペットの散歩を代行してくれる人を探すサービスです。
Wag!ではペットの飼い主の家の鍵を、暗証番号付きの箱を使ってやり取りします。散歩を代行する人は鍵を使って飼い主の家に入ってペットを連れ出します。飼い主の方は「万が一セキュリティで問題が起きればWag!から一億円が支払われます。隠しカメラを設置して、住宅保険にも入っているのでセキュリティに不安は全くありません」とお話いただきました。この例では居住空間すらフリクションレスになっており、他人が自宅にアクセスするのを許しています。
蟹が空を飛んでいる
次は中国の杭州の事例です。杭州では一部の特区でドローン配送がスタートしています。駐車場にドローンの発着場をつくっていて、カフェからコーヒーなどの商品をドローンを使って配送するサービスを展開しています。車で15分かかる距離を、ドローンだと5分で飛ばせるそうです。現在17路線があって、車のボンネットを利用した移動発着場を利用すれば、路線以外の場所に飛ばすことも可能です。
ドローン配送がビジネスとして実用の段階に入っているのが、アリババグループの「盒馬(フーマー)鮮生」というスーパーがやっている上海蟹の輸送です。上海蟹は鮮度が非常に重要らしいのですが、ドローンを使って30分以内に配送するサービスがよく利用されています。スマートフォンの操作感が現実にも拡張され、無人配送で手間がかからなくなることで、「モノを情報のように扱う」即時的な感覚がここにはあると思います。
次も中国杭州の事例で、アリババがやっている天猫(Tmall)というECサイトの実店舗展開です。流通の領域で、Online Merge Offline(OMO)というオンラインとオフラインを統合する試みをしています。ただ、現場を見て感じたのは、「オンラインやオフラインの統合」「連携」といった表現では生ぬるいということです。オンラインが絶対的にありきで、オフラインの世界が書き換えられているような、そんな感覚がありました。
アリババは、OMOを「ニューリテール戦略」と銘打って幅広い領域で推進しています。その取り組みのうちのひとつが2017年8月にオープンした天猫コンビニです。元々家族経営の食料雑貨店が、一号店としてフランチャイズ加入しました。このお店ではアリババのプラットフォームを使って仕入れをするようになり、今は全体の7割をそこから仕入れています。決まりとして、月16万円以上をそのプラットフォームから仕入れる、というのがあるそうです。それまでは市場に仕入れにいくか、サプライヤーに頼んでいたそうですが、市場に行くには経費がかかり、サプライヤーは価格変動が激しいという問題がありました。
アリババは店舗が仕入れに使うための零售通(リンショートン)というアプリも公開しています。中国全土には小さな雑貨店が600万店舗あるのですが、そのうちの100万店舗が既に利用しています。このアプリでは、オーナーが仕入れたい商品を選んでアリババの決済サービスであるアリペイ(ALIPAY)で決済します。個人がECで買うのと同じ感覚で商品の仕入れができるのです。仕入れの参考になる情報も提供していて、「近隣ではこれが売れています」といった情報が表示されます。これまでオーナーの勘と経験に頼っていたリアル空間での判断に、レコメンド機能がついたとも言えるでしょう。
生活を編集して届けることが価値になる
翻って日本を見ると、個別の領域は成熟していて便利です。例えば、物流の世界。荷物は確実に明日届けることができる、そうした完成度の高いサービスは世界的に稀ですが、ただ、この完成度の高い便利さは物流という単体の領域の中だけです。情報やお金と重なったり混ざり合ったりしていないため、“摩擦”が起きています。単体だと便利の進化は頭打ちになってしまいます。「日本が遅れている」という人もいますが、決してそうは思いません。単体になってしまっていることが問題なのです。
イノベーティブなサービスに対して、ここ2年、米中の取材を重ねてきました。そして分かったことは、「便利はあっと言う間に当たり前になる」ということです。新しいサービスは1年経つとコモディティ化します。フリクションレスも、目標ではなく前提になっていくでしょう。フリクションレスがあるからこそ便利の先がある、という事例をお伝えしたいと思います。
この映像はサンフランシスコのジャイアンツスタジアムの側に住む夫婦です。「Habit」という名称のミールキットサービスを利用しています。食材が切ってあって、調味料も既に入っているので、煮るとか焼くといった最後の一手間だけやれば完成、という状態になっています。一番はじめにやるのは遺伝子検査だそうで、あなたの体質だったら「脂質を少なくしたこんな食事を」といった食材が届きます。紙やスクリーンの中で情報が届くだけでなく、実際に食べられるモノとして届いてしまう。これが新しい点です。
もうひとつ、この女性は、FabFitFunというコスメなど美容のサブスクリプションサービスを使っています。こうしたファッションやコスメなどの定額制サービスには既に8年前から移行したそうですが、ここ2年ほどはFabFitFunを利用し始めたそうです。コスメは「これがあなたにぴったりです」という商品が選ばれて届きます。継続率が高いと利用しているうちに製品選択に好みが反映される機会もでてきて、提供される製品の精度も上がっていきます。生活者は届く商品に対して、「自分にぴったりだ」と楽しさや興奮を感じます。印象的だったのは、「毎回、新しい商品との出会いが箱につまっている。毎月がクリスマスみたいだ」と楽しそうに語っていたコメントです。このサービスでは、コスメやファッションのモノだけでなく、感情を動かすような情報もも含めて、モノと情報を一体化して売っているんです。そういうサービスの姿が見えてきたな、と感じています。
次は中国広州の「スーパー試乗」といわれる自動車の試乗体験イベントの事例です。100種類以上の新車があって、1時間で10元払えば好きな車を3台選んで乗れます。試乗できるのは信用スコアが高い人に限られてはいますが、新車情報だけでなく沢山の実物がある。フリクションレスな個人認証や決済の仕組みを前提に、スクリーンや紙の中で情報を届けるだけでなく、さまざまな新車の実物とのワクワクする出会いそのものがが、編集されて生活者に届けられている、と言えるでしょう。
最後も中国の事例で、書店をスマートブックストアと呼べる形態に変えた、というものです。見た目は無人店舗ですが、顔認証で扉が開き、一回登録すると次からは顔パスとなり、出口のところで自動決済されます。このお店は中国で一番美しい本屋に選ばれています。イベントもよく開催し、それをオンラインで有料配信したりもしています。こういうイベントが打てるのも、オンラインとオフラインが統合されていて、顧客の嗜好が分析できているからです。オーナーの方は「技術の進歩が問題なのではなく、大事なのは経営理念だ」というお話をされていました。前提にフリクションレスがあるからこういったサービスを提供できる訳ですが、その上に新しい価値をつくるのが大事だということです。
便利の先の価値のつくり方についてですが、個別の便利ではなく、混ざり合うからフリクションレスになると考えます。情報とモノが一体化し、生活を編集して届けることが価値になります。
とある出版社では、山登りについての情報誌を発刊するだけでなく、山に登りたいひとと、山のガイドさんとのマッチングサービスを、新規事業として準備しているそうです。これは、メディアの情報で山に登りたいという感情がわき起こった際に、生活の中まで作用するようなサービスだと思います。情報と生活を一体化して届けるようなサービスといえるでしょう。
また、いま、ブランドを担当している方とお話すると、便利に届ける、ということを目指している方は沢山いらっしゃいます。サブスクリプションの提供を検討している方も多いと思います。しかし、それがわざわざ契約して取り寄せるようなものなのか、というのは改めて考えたほうがいいと思います。これからは、ただ便利なだけでなく、感情に作用するサービスを提供することが重要になるはずです。
もともと、メディアは暮らしと情報のあいだにたって、生活者の感情を動かしてきました。この価値をつくる力というそのものが、これから、メディアと私たちで起こしていくイノベーションにつながるのではないかと、メディア環境研究所では考えています。
■メディア環境研究所 公式サイト
http://mekanken.com/
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■プロフィール
吉川昌孝
メディア環境研究所 所長
1989年博報堂入社。マーケティングプラナー、博報堂フォーサイトコンサルタントを経て、2004年博報堂生活総合研究所に着任。未来予測プロジェクトのリーダーとして「態度表明社会」(09)「総子化」(12)「デュアル・マス」(14) など、生活者とマーケティングの未来像を発表。15年メディア環境研究所所長代理、16年より現職。著書に「亜州未来図 2010」(03)「『ものさし』のつくり方」(12)などがある。京都精華大学デザイン学部非常勤講師(08年~13年)、立命館西園寺塾第5期生(18年4月~)。現在 NHKの「マイあさラジオ」の「今週のオピニオン」にレギュラーゲストとして出演中(http://www4.nhk.or.jp/r-asa/338/)。
加藤薫
メディア環境研究所 主席研究員
1999年博報堂入社。菓子メーカー・ゲームメーカーの担当営業を経て、2008年より現職。生活者調査、テクノロジー系カンファレンス取材、メディアビジネスプレイヤーへのヒアリングなどの活動をベースに、これから先のメディア環境についての洞察と発信を行っている。2018年4月より東京大学情報学環 非常勤講師。